海の中を、白い氷の管が下へ下へと伸びていく。その先で海底にも氷が広がる――。ブライニクルは、極地の海氷の下で起こる不思議な自然現象です。
「死のつらら」「死の氷柱」と呼ばれることもありますが、正体は特別な毒ではありません。鍵になるのは、とても冷たい濃い塩水と、その周りの海水の温度差です。
- ブライニクルは、海氷の下面から下向きに育つ中空の氷の管。
- 内部を流れる濃い塩水が、周囲の海水を冷やして凍らせる。
- 海全体が一瞬で凍る現象ではなく、塩水の流れる場所で局所的に氷が育つ。
ブライニクルとは?極地の海にできる氷の管
ブライニクル(brinicle)は、海面に浮かぶ氷の下から海中へ伸びる、細長い氷の構造です。氷がぎっしり詰まった棒ではなく、冷たい塩水が流れる通り道を囲む管になっています。
研究では、長さが数cmから数mに達するものが説明されています。海底から生えてくる氷の柱とは向きが逆で、出発点は頭上にある海氷です。形成の基本はCartwrightらの研究論文(2013年)で扱われています。
海中なのに凍るのはなぜ?ブライニクルができる仕組み
1.海水が凍ると、残った水の塩分が濃くなる
海水は、水と塩分をまとめて同じ割合のまま固めるわけではありません。氷の結晶は塩を取り込みにくいため、凍る過程で残った液体に塩分が集まります。この濃い塩水をブラインと呼びます。
できたばかりの海氷には、ブラインの小さなポケットや通路が残ります。「海の氷には塩がまったくない」と考えるのも正確ではありません。結晶そのものと、その間に閉じ込められた塩水を分けると分かりやすくなります。
2.濃い塩水は、より低い温度でも液体でいられる
塩分が増すと、水が凍り始める温度は下がります。これを凝固点降下といいます。一般的な海水が凍り始める温度はおよそ−2℃ですが、濃い塩水はそれより冷えても液体を保てます。
つまり、「氷点下だから全部が氷になる」とは限りません。同じ海中に、凍る温度の違う水が接していることが重要です。塩分と凍結温度、海氷中のブラインについてはNOAAの海水の解説を参照してください。
3.冷たい塩水が沈み、周囲の海水が凍る
海氷から流れ出した冷たく濃いブラインは、周囲の海水より密度が大きいため下へ沈みます。その流れに触れた海水が熱を奪われ、周りに氷の壁ができると、下向きの管が育ちます。
大切なのは、流れ出す塩水自体が丸ごと固まって落ちるのではなく、その周りで氷ができることです。氷の管と内部の流れをひと組で考えると、海中で伸びる姿を理解しやすくなります。出典:2013年のブライニクル形成研究。
「死のつらら」は本当?生物への影響と映像の見方
ブライニクルが浅い海の底まで達すると、非常に冷たい塩水が海底に広がり、その周囲にも氷を作ることがあります。逃げるのが遅い生物が、その氷に巻き込まれることが「死のつらら」という呼び名につながっています。
2011年には、BBCの番組『Frozen Planet』のために、南極のマクマード湾で形成の様子が撮影されました。ギネス世界記録の紹介でも、最初に形成を撮影した例として取り上げられています。
ただし、「触れたものは何でも一瞬で凍る」「海底全体が瞬時に凍結する」と受け取るのは誇張です。実際には、塩水の温度や供給、周囲の水との混ざり方によって、氷のでき方が変わります。映像を見るときは、氷が伸びる方向と、海底で広がる範囲に注目してみてください。
普通のつらら・鍾乳石との違い
| 現象 | 主な場所・材料 | 伸びる仕組み |
|---|---|---|
| ブライニクル | 海氷の下・氷 | 冷たい塩水の流れの周囲で海水が凍る |
| 普通のつらら | 屋根の縁など・氷 | 流れ落ちる水が冷えて凍る |
| 鍾乳石 | 鍾乳洞・主に炭酸カルシウム | 水に溶けていた成分が析出する |
どれも下に伸びる形に見えることがありますが、形が似ていても材料や成長の仕組みは違います。洞窟の石の柱については、鍾乳洞のでき方と鍾乳石・石筍の違いも参考になります。
実験でも作れる?研究で分かってきた成長の条件
ブライニクルに似た氷の管は、研究室でも再現されています。2024年の論文では、冷たいブラインを塩分の低い水へ流し込み、容器の形や流す量を変えた実験が報告されました。
実験では、非常に狭い隙間では管がうまく育たず、立体的に流れられる条件では管状の氷ができました。また、管が長くなると、先端へ届くまでにブラインが周囲から熱を受け取り、成長が遅くなる傾向が見られました。
これは、塩を入れれば必ずできるという現象ではなく、冷たさ・塩分・流れ・空間の条件が組み合わさることを示しています。実験手順や動画はTestón-Martínezらの論文(The Cryosphere、2024年)で公開されています。
ブライニクルのよくある疑問
南極だけで起こる?
南極だけに限られず、北極の海でも報告されています。重要なのは地名ではなく、海氷から十分に冷たいブラインが流れ出し、周囲の海水との温度差が保たれることです。
水の中だから、氷は必ず溶けるのでは?
周囲から受け取る熱と、冷たい塩水が奪う熱の関係で決まります。冷たい水の供給が続いて氷が育つ場合もあれば、条件が変わって成長が止まる場合もあります。
実物の成長速度はいつも同じ?
一定とは限りません。実験でも供給される塩水の流量によって成長に違いが出ています。一つの映像だけから、すべてのブライニクルが同じ速さで伸びると考えることはできません。
まとめ:ブライニクルは塩分と温度差が作る海中の氷
ブライニクルの正体は、極地の海氷の下で冷たいブラインの周りに育つ氷の管です。「濃い塩水は凍りにくい」という性質が、周囲の海水を凍らせる現象につながります。
怖い呼び名の奥には、水・塩・熱のやり取りが生む精巧な仕組みがあります。氷と塩水の関係をもう少し知りたい方は、南極の血の滝と、凍らない塩水の秘密もどうぞ。


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